数学の本の読み方

数学を勉強するにあたって最も効率的な方法は,「専門書を読む」という行為です. 現時点においても, 数学の特定の分野を系統的に記述した文献は, 専門書以外には あまりありません. ネットにあるものは, 玉石混淆(しかも, ほとんどは石で, 玉であることは稀)で初学者にはお勧めしません.

数学の専門書は, 非常に読みづらいものであるというのは, 多くの人が同意するものであると思います. ただし, これは数学の本が例外というわけではなく, 基本的にきちんとした学問が書かれた専門書は 読みづらいものなのです. つまり, 大学でやる学問(あるいは, きちんとした内容のある学問) というのは難しいものであり, また必然的にそうあるべきなのです. なぜなら, 簡単でかつ役に立つ内容なら,高校以下で教えられるべきものであり, 実際, かなりそうなっているからです 1.

きちんとした専門家は, 易しい内容をわざわざ難しく書いたりはしません (難しいのは, そもそも書かれている内容が難しい)し, 誤解を与えるような文章を 意図的に書いたりはしません 2.

もし読みやすい専門書があれば,

  1. あなたにその専門分野に対する特別な才能がある.
  2. その本の内容が初等的すぎて, 読む価値をあまり持たない.
  3. あなたが, その本の内容を誤読している.
  4. その本は専門書の外見をした, それ以外の本である.
のどれかが(複数)起こっていると思って間違いありません. しかも, ほとんどの場合 2, 3, 4 であり, 1であることはまれです.

他分野の本の読み方について, なにがしかの発言ができる能力はないので, 以下では, 初学者が数学の本を読む時に心がけて欲しいことを列挙しました3. 数学の勉強においては, まず, 専門書(教科書・参考書)を自分で精読するくせをつけて下さい. それでわからなければ, 教員に質問して下さい.

飛ばし読みをしない
(この講義のテキストもそうですが)多くの数学の本は, 無駄話をほとんど書いていません. 国語の授業等である「内容を要約する」などの行為は, 全く意味を持ちません. 「要約した内容」で意図が全部伝わるなら, 初めからそれだけを書きます. また, 日本語の本の場合, 自らの日本語の読解力を疑問視しながら読んで下さい. 日本に生まれ育った人でも, 日本語がきちんとできている人はそれほど多くありません 4.

記号・専門用語になれる
最初は, 新たな記号や専門用語が多く出てきますが, それは, 誤解を与えないための配慮です. 数学の専門書では, 読者が誤読しないように最大限の配慮をします. 専門用語は, (分野が異なれば別の意味になる単語もありますし, 日常語とは意味がずれることもありますが) その分野に於いては, 意味を狭く限定することによって誤解が生じないようにするためにあります. 記号, 専門用語, その分野特有の言い回しに慣れるようにして下さい.

論理的に納得をする
「理解する」という言葉には, 大きく分けて「感情的に共感する」という意味と「論理的に納得する」 という 2つの意味があるように思います. 専門書において前者を目標に書かれることは, 全くありません. すべて, 後者を目標にして書かれていることを頭に入れておいて下さい.

論理的な言い回しに慣れる
上の 2つのことの繰り返しですが, 例えば, 「正 3角形は 2等辺 3角形である」,「正方形はひし形である」, 「単項式は多項式である」など日本語としては変に感じる文章も, 数学的(集合論的)には正しい文章です. このような言い回しに慣れてください. 小学生にこのようなことを言うと混乱の元になりますが, 大学では 普通に使われる言葉遣いですし, このようなことを正確に理解する理解力が求められます.

行間を埋める
数学の本には, すべて行間があります. それは, したり顔の人が言う「筆者の言外の意図 5」の ようなものではなく, 簡単な論理の連鎖や計算の途中式です. 本を読む時には, 筆記用具を用意して, これらを埋めながら読まないと, 理解できません. 行間がある理由は, 行間をすべて無くした ような本は, 分量が多くなりすぎ, こんどはその分量が読むための (あるいは, 出版の)障害となるからです.

間違いを修正する
高校までの教科書と違い, 専門書には基本的に, 誤植も込めて「間違い」があります. 人間はどうしてもミスをするものであり, 高校の教科書は, それを手間をかけて修正しています. 専門書の出版でも その手間はある程度かけられていますが, 高校の教科書から比べると少なく, どうしても間違いが入ります. それらは修正しながら読みます. 数学以外の分野でもそうですが,「本に書いてあるから正しい」は成立しません. むしろ, 数学の専門書は「確実な内容」の割合が最も高い本です.

解っていないことを確認しながら読む
専門書を読んでいると, どうしても わからない部分が出て来ることがあります. そのときには, 一旦その部分の理解を 保留して, 先に進むことも考えて下さい. ただし, その部分を理解できていない ということは, 常に確認しておいて下さい. もしかしたら, 上に挙げた 著者のミスによる間違いかも知れません.

練習問題を自分で解く
教科書などでは練習問題があると思いますが, それを自力で解くように頑張って下さい. 最初は大変でしょうが, これをすることによって, より理解が深まります. わからなければ, 教員に質問に行って下さい.

余程の才能がない限り, 数学の勉強において「No pain, No gain」は成立します. 皆さんの入試の成績を見ますと, すごい才能のある人がおられるようには思えません. これから, 4年間数学をやる事になったわけですが, それなりの苦労は覚悟して下さい. それから「努力することだけ」を評価する風潮が, 教育業界を中心に多く見られますが, そろそろ「結果も求められるようになる」ことも理解しておいて下さい 6.



2021-06-22